こんにちは。漢仁です。
ブログ更新、ご無沙汰して申し訳なかったですね。
ブログの読者の皆さんから「まだですか~?」と言われるほど放置してました・・・
なぜ急に動き出したか?
2020年オリンピックイヤーの刺激が私の背中を押しました(笑)
よく言われる「一年の計は元旦にあり」ではないですが、今年は極力更新していくと心にゆる~く決めました。改めて今年もよろしくお願いします。
さて、今回のお話は、私のお友達の人材育成コンサルタントの女性のお話です。
彼女がコンサルタントになるまでの苦労話というか、お客様との間に生まれた心温まるお話を是非聞いて下さい。(読んで下さいですね)
彼女は人材育成コンサルタントの仕事に就くまでは保険のセールスレディをしていました。
彼女が保険会社に入社した当初は、既にお付き合いのある会社の担当として、前任の担当者から仕事を引き継ぐ形で定期的に会社を訪問して保険商品のお勧めをするのが主な仕事だったそうです。
保険のセールスレディって用事がある時は訪問すると喜んで下さるのですが、用事がない時は凄く邪険にされてますよね。
いまでこそ、年に一回保険内容の見直しとか現況の説明という名目で訪問ができる環境が整って来てますが、当時は週に1~2回定期的に訪問してポケットティッシュと新商品の案内チラシを配って仲良くなるのが目的みたいな営業スタイルが主流だったようです。
お客様からは「今忙しいから・・・」「保険屋に用は無いよ」「また何かあったらその時はよろしく」と軽くあしらわれ、気性の荒い人には「また来たのか!」「こっちは仕事してるんだよ!」「忙しいのに相手してられるか!」と怒鳴られることも度々あったそうです。
保険の仕事が自分には向いてないような気がして、毎日凹んで肩を落として会社に帰る日が続いたある日・・・
上司から「今のクライアントとの相性が合ってないようだから担当を交代してもらうことにするよ」と言われ、折角顔見知りが出来て会話が出来る人がチラホラ出て来た矢先に、新しい業務を任されることになったそうです。
それが「新規開拓」俗に言う「飛び込み営業」です。
彼女が任されたのは「シャッター通り商店街」と言われるほど閑散とした商店街。
経営しているお店の人たちも、ほとんどが保険に入れないほど高齢の方々。
私にどうしろって言うのよ!と彼女は思ったそうです。
ただ何もしない訳にいかないので、名刺とチラシでも配布に行こうと思って訪れた最初の日に彼女は挫折します。
誰も口をきいてくれない・・・
訪問して挨拶してチラシを渡しても笑顔でぺこっと会釈して追い返される。
顔もチラシも見てくれないし、自分の手を止めて話を聞いてくれる人もいない。
シャッターが閉まってるお店がほとんどで、たとえ開いていても奥の方で椅子に座って新聞を読んでいるお店の人がいるだけ・・・
話を聞いてくれないので、左右に40軒ほどの店が並ぶ商店街でしたが、僅か半日で全部回り終えました。
一生懸命仕事してるように見えないけど暇なのかなぁ・・・
そういえばお客さんがいない⁉
彼女は気づいたそうです。「この商店街の人、みんな諦めてる」って・・・
こんなところで保険なんか売れるはずがない・・・
彼女は自分の保険商品の説明を聞いて欲しくて訪問していましたが、それよりも先にこの商店街を何とかしないと保険が売れないと思ったそうです。
何度か足を運ぶうちに、この商店街が元の活気を取り戻すにはどうすればいいかということに興味を持った彼女は、自分の手帳にそのお店の現状と経営している人達の生活パターンや家族構成を記録していこうと考えました。
彼女は訪問したお店一軒一軒に、保険の話を切り出さずに世間話をしました。
保険の話は耳を貸してくれないのに、お店のことや業界のことを尋ねると、同じ人とは思えないほどよく喋る。
そのうちお互いの身の上話が出来るまでに仲良くなったら、お店の人からも色々な話が聞けるようになったそうです。
・大型ショッピングセンターが出来るまでは近所の人が毎日買い物に来てくれた
・他にする事もないし、生活が懸かっているから店を開ける
・店を開けていれば近所の人が買い物に来てくれると思ってる
・売れていないから在庫が古く、新商品なんて扱うことができない
・腐るものや使用期限、賞味期限があるものを扱ってるお店は潰れる
・自分たちの代で店をたたむ
・後継者はいない
・商店街の活性化に取り組んだけどダメだった
・お金を掛けてまで店を新しくする余裕はない
・若い人は商店街なんかで買い物しない
これが彼女がお店の人と話して聞き出した内容です。
ポジティブな意見は無かったそうです。
彼女は諦めてしまった店主たちに「お金を掛けずにもう一度商店街に来てくれるお客様を増やす方法を考えるから一緒にやってみませんか?」と声を掛けて回ったそうです。
特にそんな方法を知ってる訳でもなかったのですが、みんなが落ち込んで肩を落としているのを見たくなかったそうです。
彼女は店主たちに呼びかけ "商店街活性化会議"をしましょう!と誘いましたが、みんな諦めてるので誰も誘いに乗ってくれません。
仕方ないので "みんなが元気になる呑み会"をしましょう!って声を掛けるとお酒が好きな店主が数名集まってくれたそうです。
そこで彼女は「大型ショッピングセンターが出来たせいで客離れが進んでしまったと嘆いて何もしないよりも何かやり続けて町の人に愛されるお店をやりましょうよ」と店主たちに声を掛けました。
彼女が話したことは・・・
・まだ出来ることがある
・自分たちの生活のことだから諦めない
・近所の人もみんな諦めてる商店街を見て残念に思ってる
彼女の話を聞いた店主の一人が聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声でボソッと言いました。「俺たちだってみんな何とかしたいと思ってる・・・」と。
彼女が本音を聞き出した瞬間です。
店主の一人は言いました。
「いままで何度も話し合い、自分たちで出来ることを考えてやってみた」
「だけどそれが正しいかどうかも分からないしやっても意味のないことかも知れない」
「そんな疑心暗鬼で続けていても結果が出ないと続けることも嫌になる」
「だからやるなら少しでも効果が出る方法でやりたい」
呑み会もそろそろお開きになる頃に店主たちは彼女に言いました。
「酔った勢いで言う訳じゃないけど商店街の連中にはちゃんと協力するように伝えるから何かいい方法を考えてくれ」
商店街の活性化のために、店主たちは少し前向きになってくれたようでした。
彼女は自宅に帰り、インターネットで全国の商店街活性化の過去の事例を調べました。
そこで調べたことを実際にやってみる。ダメなら次の案をやってみる。最初はチャレンジの繰り返しだったそうです。
一朝一夕に活性化なんて出来ないことは分かってましたが、なかなか結果には結び付きません。
色んなことをやり続けているうちに、彼女は保険の仕事を続けることが意味のないことに思えて来て、この商店街を活性化させるために働きたいと思ったそうです。
でも生活を少しでも楽にしたいと始めた仕事をそんな簡単に辞める訳にも行かず片手間で保険の仕事をしていました。
半年ほど経ったある日、商店街の会長さんが「みんなで話し合ったことなんだが、あなたにこの商店街の事務局を運営してもらいたいんだがどうだろう」と声を掛けてくれました。
会長さんは「ボランティアでやってもらう訳にもいかないし、各店から少しずつ運営費としてお金を徴収するから多くはないが給料も払えると思う。是非お願いしたい」と言ってくれたそうです。
彼女は悩む間もなく「はい。私もそうしたいと思ってました」と引き受けたそうです。
保険会社にすぐに退職したい旨を伝えその月の月末に彼女は退職しました。
それからというもの彼女は商店街の事務局担当として寝ても覚めても商店街の活性化のことを考えるようになったそうです。
一生懸命打ち込めば、適当にやってる時には見えなかったことが見えてくることがあるとよく言われますが、彼女もみんなが最初に訪問した頃よりも楽しそうに仕事をしていることに気がついたそうです。
まだ目に見えた結果は出てないけど、みんなが楽しそうに自分の店のために、そして商店街の活性化のために一生懸命になってくれている、彼女はそれがたまらなく嬉しかったそうです。
話は変わりますが、商店街は元々駅から近く、朝と夕方は通勤のサラリーマンやOLがミニバイクに乗ったまま猛スピードで商店街を横切ることが問題視されてました。
まだ店が開かない時間には普通の道路と同じように大型のバイクも通行するほどだったので商店街とはいえかなり危険な道路でした。
歩行者との接触事故が起きたこともあり、スピーカーを使ってミニバイクや自転車を押して通行するように呼び掛けたのですが効果がありません。
そこで彼女は市役所と警察に掛け合って商店街の入り口に歩行者専用道路の標識とミニバイクの通行禁止を促す防護柵の設置を依頼しました。
このことで安全に通れてしかも雨がしのげるということで、通勤の時だけでなく日中は通り過ぎるだけの商店街から安心して買い物が出来る商店街へと道行く人たちのイメージが切り替わったそうです。
道路ではなく、歩行者専用の道。そう認識してもらえたことは凄く大きかったと彼女は振り返って言います。
通行する人が増えると今までシャッターが閉まっていたところで商売を始めたいという人が出てきました。
店舗が増えることはそこに人が集まるきっかけが増えるということなので元々お店をしている店主たちは大歓迎でした。
自分の店を持ちたいという若者が集まり、そのことで通行するお客様の年齢層も徐々に若くなって来たそうです。
お客様が来ない商店街が少しずつ変わって来ているようでした。
特に取り上げて何もしてないような感じがするのにどうして人が集まりだしたのか、店主たちには疑問でした。
でもみんなが同じように感じていたことがあります。
それは、商店街に対する自分たちの意識が変わったということでした。
店主たちの "商店街を愛する気持ち"がそこで暮らす人たちの意識も変えたと思うと彼女は言います。
彼女はそれからさらに半年後、ようやく自分たちの手で動き出したこの商店街を離れ、会社を立ち上げる決心をしました。
彼女は今回のこの商店街での経験を基に全国のシャッター通り商店街を活性化するお手伝いを始めたいと考えたのです。
保険のセールスレディをしていた頃より遥かにやりがいがあると彼女は言います。
それぞれのお店でシャッターを閉めざるを得なかった事情があったことを彼女は決して否定しません。
そのことを理解した上で、その地域で暮らす人の思いも含めて、どうなることがその街の活性化につながるのかを考え、最高のプランを提案してくれます。
彼女がいまお客様の立場に立った提案が出来るのは、自分の伝えたいことばかりを一生懸命話すのではなく、お客様の事情やおかれた立場を精一杯理解しようと真剣に耳を傾け寄り添い続けたあの飛び込み営業時代があったからこそだと私は思います。
彼女が飛び込み営業で得たものは、自分自身の利益の為ではなく、商店街の繁栄の為に全力を尽くしたその行いによって得られた「信頼」ではないでしょうか。
この人なら大丈夫!この人に任せたい!そう思われることは、目先の利益を優先すれば得られないものだと思います。
新規のクライアントを開拓するために日々飛び込み営業をしている営業の皆さんにも、きっとこのお話がヒントを与えてくれると思います。
なぜあなたの話をみんなが聞いてくれないのか・・・
あなたは何のためにその仕事をしているのか?
自問自答してみて下さい。
最後までお読み頂き有難うございました。
漢仁