漢仁帳

人材育成トレーナー漢仁のブログ

都会に染まらなかった若者の決心「人の振り見て我が振り直せ」ってこういうことだったのか

皆さんこんにちは!漢仁です。

 

私が主宰するストーリーテリングの講習会で、参加者のおひとりのTさんが昔を思い出して語って下さった素敵なお話をお届けします。

 

高校卒業後、東京の大学に進学が決まり、上京することになったTさん。


Tさんの出身地は山形県鶴岡市湯野浜という日本海に面した海沿いの街で、その名の通り、浜から温泉が湧き出すことで有名で、民宿や旅館が立ち並ぶちょっとした観光地として知られていた所だったそうです。

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物語は、その小さな温泉地から始まりました。


Tさんの家は農家で、海からは少し離れたところに家があり、海岸近くの宿泊施設の密集したエリアと違って、車も人も少ない長閑なところに住んでいました。

 

Tさんは活発でじっとしているのが大嫌いな男の子だったそうで、遊べるところなら町中どんなところだって探検に行くやんちゃな少年だったそうです。


だから町の至る所にTさんのことを知る人がいて、お母さんが遊びに出たまま帰らないTさんを探す時も、近所の顔の広いおばさんに聞けば、数分後に町のどこに現れたかすぐ分かる包囲網があったそうです。

 

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上京する時、Tさんの家族は農業しか知らない頑固者の75歳のお爺さん、お見合いで隣りの町から嫁いできた同じ年のお婆さん、その後を継いだお父さんお母さん、そして4歳下の妹さんの6人家族でした。


Tさんがいつも描いていた夢は「この町を早く出て、ドラマのように都会で颯爽と働くサラリーマンになること」毎日長靴を履いて田んぼや畑に出向き朝から晩まで働く人生は絶対に嫌だと思っていたそうです。

 

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高校入試を迎えた時期に農業高校へ進学するか普通科を受けるかで家族と揉めたそうで、もし農業高校に入っていたら絶対に町から出られないと思って絶対に普通科へ行くと譲らなかったそうです。

 

長男だったTさんは当然親からも頼りにされて、家の手伝いも断ることが出来ないくらい半ば強制的に頼まれ、自由に友達と遊べなかったり、朝早くあるいは学校が終わった後などに稲刈りや畑の収穫に駆り出されたりしていたことが、余計に家から出たいという気持ちを掻き立てたそうです。


大学の4年間だけという約束で東京の大学を受験し見事合格したTさん、都会の生活に憧れていた青春時代の思いが爆発し、誰からも束縛されない自由な生活を満喫していました。


そんな幸せな大学生活も一年が過ぎたある日のこと、家族で一番の早起きのお爺さんが起きて来なかったので、家族が心配して見に行ってみると、まっすぐ上を向いた仰向けの状態で肩まで布団をかぶって眠るように亡くなっていたそうです。

 

誰が見てもとても75歳とは思えないくらい元気だったお爺さんの突然の悲しい知らせを受けて、Tさんはすぐに実家に向かいました。


葬儀のため、学校を休み、実家へ帰ったTさんが、お爺さんの眠る姿に手を合わせていると、お婆さんが隣りに来て話し始めました。

 

お爺さんは会う人会う人に、孫が東京の大学へ行っていると自慢していたこと、こんな田舎の町には似合わないほど垢ぬけて男前になってるとそれはそれは鼻高々だったと。


あなたは自慢の孫だと言ってくれました。

 

お婆さんは続けました。

 

「人それぞれの人生があるから無理には帰ってこなくていいけど、自分の親だけは大事にしなさい。大事にしないといずれは自分が後悔することになるから、盆と正月くらいは元気な顔を見せに帰って来なさい」と言いました。



本当のことを言うと、Tさんはお爺さんが苦手でした。

 

いつもお爺さんの若い頃と比較され、顔を見ると文句ばかり言われ、頼りないとか、何もできないとか、常に小言を浴びせられていたからです。


若い頃から農業で鍛えたお爺さんにとっては、今どきの若者は頼りなく見えるんだろうなぁとは思っていたものの、一度も褒められた記憶はなかったそうです。

 

だから自分がお爺さんにとって自慢の孫だったことをその時初めて聞かされ、Tさんは涙が止まらなかったそうです。


避けていた上に、上京してからも満足に会話もしなかったのに自分のことをそんな風に思ってくれていたなんて・・・


Tさんは、もっとお爺さんと色んな話をすればよかったと後悔をしたそうです。



数日後、葬儀を終えたTさんは、東京に戻りいつもの生活を再開しました。

 

すっかり実家のことは忘れ、再び楽しい大学生活を満喫し始めたある日のこと、自分が通う大学の近くに、実家にいるはずのお婆さんにそっくりなよく似たお婆さんが住んでいることに気がつきました。

 

毎朝、学校に行く時にそのお婆さんの家の前を通るのですが、Tさんは「おはようございます」と必ず声を掛けるようにしたそうです。

 

そのうちお婆さんの方も「毎朝元気に声を掛けてくれるのが嬉しい」という理由で、果物や野菜を分けてくれたりするようになり、段々仲良くなっていきました。


地元のお婆ちゃんに何もしてあげられない分、自分のお婆ちゃんだと思って仲良くしようとTさんは思ったそうです。


お婆さんは一戸建ての古い家に独りで住んでいて、毎朝外で立ち話はするものの家の中まで入っていくことはありませんでした。



ある日お婆さんが話してくれました。

 

私の息子はつくばの方にある病院で勤めている偉いお医者さんなんだと。

 

忙しいから一年に一回ぐらいしか帰って来れないこと。

 

身の回りのことは全部息子がやってくれるから何も心配がないこと。

 

息子はつくばに家を建てたから自分が死んだらここの土地は売り払うこと。



そんな他愛もない話をした日のあと、1週間ほどお婆さんの姿を見ていないことに気がつき、Tさんは何となくお婆さんのことが心配になりました。


ある日お婆さんの家の前に車が停まってました。


心配になったので声を掛けようとインターホンを鳴らすと中からメガネをかけた神経質そうな男性が出てきました。


「何の用ですか?」


声を掛けられTさんはいつもよくして下さってるお婆さんの姿を最近見てないので心配になったと話すと「見ず知らずの方に心配して頂かなくても結構です。どうぞお引き取り下さい」と言われたそうです。


そして今後関わるなと言わんばかりに「どうしてうちの母と関わりを持っているの?」と聞かれたそうです。


「いや、ただ毎日ご挨拶するだけの関係ですし、別に付きまとったりはしてません」と言い返すのがやっとだったそうです。


Tさんは慌ててお婆さんの家をあとにしました。

 

「息子さんかぁ・・・嫌な感じ!心配して損した!もう関わらないでおこう・・・」


自分のお婆ちゃんに似ているということもありTさんはただ純粋に心配しただけだったそうですが、こんな物騒な世の中で簡単に他人を信じてはいけないと言われるほどの時代に、見ず知らずの人間が自分の親元をうろついていたら心配になるのも分からなくもないなと思ったそうです。

 

でも、息子さんに年寄りに付け込んで優しくして何かを企んでるみたいな誤解をされているのも嫌だなぁ・・・


しばらくこのまま放っておこうと思ったものの、内心モヤモヤしてすっきりしないのと、やはりお婆さんが心配だったようで「お婆さんに何かあったのかなぁ?」と気になっていたそうです。



数日後、お婆さんの家の前を通ると玄関の扉が少しだけ開いてました。

 いつもお婆さんが掃除のときに使う竹ぼうきが玄関前に倒れています。

 

恐る恐る覗いてみると、玄関にお婆さんが倒れていました。

 

声を掛けても返事がありませんでした。Tさんは慌てて救急車を呼びました。



救急車を呼ぶ電話口でも、救急隊が到着した時にも「ご家族の方ですか?」と聞かれ、 「家族じゃないけど近所の者です。ご家族は何処にいるか私は知りません」と答えたそうです。

 

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今まで気が動転して気づかなかったけど、この家まるでゴミ屋敷のように物で溢れ返っているじゃないか⁉

 

お婆さんは家のことは息子さんが全部してくれてるって言ってたのに・・・

 

ここ数年、いや1年や2年じゃなく、もっと長い期間絶対に掃除していないと思えるほど家の中は散らかってました。

 

お婆さん掃除好きだと思ってたのに・・・


お婆さんこんな状態で独りで暮らしてたのか・・・


もしかして先日のメガネの人は息子さんじゃなかったのではないか?

 

そうじゃなければ、こんな家に住んでる親を放っておけるのだろうか?

 

咄嗟に色んな思いが頭の中を駆け巡りましたが、救急隊員に促されてTさんも救急車に一緒に乗り込んで病院へ向かいました。


救急車の搬送履歴の中に数日前にお婆さんが搬送された履歴があって、ご家族の連絡先が残っていたらしく、警察と救急隊員が連絡を取っています。


数日前に息子さんに出会った時も、お婆さんは倒れて、その時はお婆さんが自分で通報して救急車を呼んだそうです。


それであの日息子さんが帰って来てたんだ・・・


Tさんは息子さんが実家のことや親のことを放置していた事実を知りました。

 

お婆さんは息子さんのことをあんなに自慢気に話していたのに・・・



その瞬間亡くなったお爺さんが自慢気に自分のことを話してくれていたと田舎のお婆ちゃんから聞いたことをふと思い出しました。



Tさんはその時、実家を顧みていないのは自分も一緒だと思ったそうです。


どれだけ心配していても関わらなければ放置しているのと同じだと・・・

 

お婆さんは危ない状況だったものの一命をとりとめ、そのまま救急搬送された病院に入院することになりました。


救急隊員がお婆さんのご家族に連絡を取ったと話してくれました。


Tさんはまた息子さんから怪訝な顔をされることを想像して帰ろうとしたそうなのですが、救急隊員に「息子さんがすぐに病院に行くからそれまで待っていて欲しい」と言っていることを聞かされました。

 

しばらくして息子さんが到着し、息子さんはTさんに言いました。


「救急隊員の方から、あなたが発見してくれなかったら母が手遅れで亡くなっていたかも知れないと聞きました」

 

「本当に有難うございました」

 

「先日はあなたのことを疑って、初対面なのに失礼なことを言ってすいませんでした」

 

「あの後、母からいい人なのに何てことを言うんだと叱られました」

 

Tさんは息子さんに認めてもらえてホッとしたそうですが、同時に息子さんに状況を聞きたくなり尋ねたそうです。


「余計なことだと分かっていますが、聞いてもいいですか?」


「お婆さんは普段から身体が弱いのですか?」

 

「今日家の中を見て驚いたのですが、独りでちゃんと生活できているのでしょうか?」

 

「一緒に住まれた方がいいんじゃないですか?」



息子さんは、実家を離れて生活し出してから仕事にかまけて親のことをあまり気にしなくなったこと、以前に一緒に住もうと言った時に息子の世話になりたくないと言われたこと、独り暮らしになって次第に無気力になっていく母の姿から目を背けていたことなどを話してくれたそうです。



Tさんは息子さんと話しているうちに自分の実家のことを思い出しました。


そして気づいたそうです「この人俺と同じだ・・・」と。


自分も親や家族のことを見ないようにしていた・・・


お爺さんの葬儀の時にお婆ちゃんから言われた「両親は大事にしないといずれは自分が後悔することになるから」と言われていたことも思い出しました。


Tさんは息子さんに、お婆さんが息子さんがつくばの方で働いていて、忙しくてなかなか帰って来れないけど自分のことをちゃんと見てくれていると言っていたことと、息子さんが偉いお医者さんだと自慢されていたことを伝えたそうです。


息子さんはうつむいたまま「先日倒れた時も意外と母が元気そうだったので油断していました。危うく親孝行できないまま逝かせてしまうところでした」とボソッと言われたそうです。


病院をあとにしたTさんは息子さんと自分を重ねてみるようになったそうです。


そして同時に、Tさんは実家のお婆ちゃんやご両親のことが気になったそうです。



Tさんは以前にも増して、実家によく電話するようになり、この出来事がきっかけで、将来も地元に帰って自分のできることで地域貢献したいと考えるようになったそうです。


その後、Tさんは大学を卒業する頃に公務員試験を受け、地元に戻って社会福祉の仕事に就いたそうです。


地元に帰ったTさんの趣味は、休日に泥だらけになりながら、最近結婚した奥さんと畑で野菜を育てることだそうです。長靴を履いて・・・

 

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最後に、Tさんからこのお話を聞いて私が思ったことですが、他人事って思えば、放って置くことが出来ることって日常生活に沢山ありますよね。

 

自分には関係ないこと、自分には関係ない人・・・

 

距離を置くのは自分なので周りは他人事だらけ、無関心でも通用する世の中です。



でも無関心の中に「いい世の中」って無い気がします



Tさんは、お爺さんが亡くなった時に、近所のお婆さんと自分の田舎のお婆ちゃんを重ね、何一つ親孝行できていないことが気になっていたから、この出来事に繋がったんだと思います。


そして、よく似た境遇の息子さんに出会い、息子さんから学んだことが、Tさんに大きな影響を与えたのも間違いないようです。


上京して楽しいことだけにのめり込まずに、日々の出来事から学び、ちゃんと自分の将来の方向性を模索できたからこそ、今のTさんがいるのだと思います。


分かっていてもなかなか出来ないことですが、まさに実践レベルで考えてみて「人の振り見て我が振り直せって」いうのはこういうことですね。



私も自分の周りにもっとちゃんと目を向け、学ばせて頂こうと思います。




最後までお読みいただき有り難うございました。

 

漢仁